2011年8月27日土曜日

カミングアウト


2005年 The Thrillseekers『Nightmusic Vol. 1』


ひとを殺した。
バールを思い切り頭に叩き付けた。
昔、住んでいた街の人気のない裏通りで、まったく見ず知らずの男を。


何日か経過した。
ひとを殺したことは誰にもばれていない。
今はまだ、普段とまったく変わらない生活を送れている。
変わったことといえば、ひとを殺した感覚がまだ手に残っていることと、
警察に捕まったらどうなるのかという絶望的な焦りで
押しつぶされそうになっていることだ。

ひとを一人殺した場合、何年の刑に処されるのだろうか。
5年、10年?まさか死刑にはならないだろうが、
確実に何年かは刑務所の中に隔絶される。
家族は崩壊、離散し、親戚までも後ろ指をさされる生活を強いられることだろう。

そもそも俺は何年もの長い間、自由の利かない生活に耐えられるだろうか。
今、読んでいる本も、聴いている音楽も聴けない。
いや、本は読めるだろうが、iPodを刑務所の中で聴くことは無理に違いない。
些細なことだが、具体的なことを考えると絶望的になってくる。
家族や友人、恋人のことを考えると涙が出てきて悲しくなる。

なぜ、あのときバールを手にしていたのだろうか。
なぜ、あの街の裏通りにいたのだろうか。
前後の脈絡がまったくない。
あのバールは家の工具箱に入っていたものだから、家から持ち出したことは明らかだ。
なぜ、あの男の頭にバールを振り下ろさなければならなかったのか。
あの男は誰だったんだ。
あのときに確実に殺意を抱いていた。
殺さねばならなかったのだ。

なぜ?


事実は変えられない。
バールでひとを殺したのだ。
なぜと問いかけても答えはない。
あの男にはきっと家族もいただろう。
幸せを奪ってしまった事実。

警察の手が伸びてきている。
近所に数台のパトカーが停まっていた。
自首すべきだと思う。
しかし、恐怖が押しとどめる。
恐怖は口から耳からすべての穴から侵入してくる。
恐怖で身体中が張り裂けそうになる。

目を開けると、昨夜読んでいた本の背表紙が目に入った。
デジタル時計は7:48分だ。
朝だと思った。
まだ、手には人間の頭を砕いた感覚が残っている。

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