2011年6月21日火曜日

夜に叫ぶ


『明日なき暴走』1975年リリース、ブルース・スプリングスティーンの3rdアルバム。
ジャケットのカッコ良さったら、もう。ジャケがすべてを語っていた。
画像はジャケット裏面。スプリングスティーンの相棒ビッグマンことクラレンス・クレモンズ。

『明日なき暴走』から「Night/夜に叫ぶ」の一節。

毎朝ベルの音で目を覚まし
仕事に遅れ 上司にきつく叱られ
深夜走り出すまで 愛車のことを想い 心を閉ざす
家に鍵かけ 灯りを消して 夜に踏み出すと やっと気分がよくなってくる
世界は夜の裂け目から破裂しそうだ
生きるために一日中働き 夢は囚われたまま
だが 今夜 すべてを吹き飛ばしてやる


朝刊に、Eストリート・バンドのクラレンス・クレモンズが亡くなったとの記事が。

ブルース・スプリングスティーンを初めて聴いたのは10代中頃。
FMから流れてきた「明日なき暴走」を聴き、翌日レコード屋に駆け込んだ。

動くスプリングスティーンを見たのはまだ70年代だったか。
「ロザリータ」と「リバー」だったと思う。
当時、スプリングスティーンのライブは半端じゃないという噂が流布していて、
何が半端じゃないのか実態がよくわからないまま、
「半端じゃねえよ」とか友人といい合っていた。
確かに「ロザリータ」でステージを駆まわるスプリングスティーンと
クレモンズとの掛合いは鮮烈で、見たことないステージアクションが
半端じゃなかった。

クレモンズはスプリングスティーンと出会ったときのことを、
「俺たちは恋に落ちた」と語ったそうだ。

1985年の初来日代々木オリンピック・プール公演、
1988年のアムネスティ・チャリティイベントでの東京ドーム公演。
Eストリート・バンドを日本で観られたのはこの2回のみ。
もう一度と、来日を期待していたのだが。

DVDで発売されたスプリングスティーンとEストリート・バンドの2009年のライブ、
『ロンドン・コーリング:ライヴ・イン・ハイド・パーク』。
クレモンズは膝と腰の故障を押しての出演だったらしいが、
気持ちよく夜空に響くサックスを鳴らしていた。
60才になったスプリングスティーンとEストリート・バンドは素晴らしかった。
まだまだ、これからだったのに悔しく残念だ。

今宵、クラレンス・クレモンズに感謝と哀悼の意を。

合掌

0 件のコメント:

コメントを投稿